下関から北九州 その3 長門嚴島神社 〜 神様アスリート

ども!むいさんです!
朝から神社巡り〜
と、いうわけで! 本日3社目の嚴島神社さま。

神社はやっぱり階段から始まる・・・
下関の街中にひっそりと佇む厳島神社様。
【下関】長門國 厳島神社
時刻は9:40
とりまオンタイム!
境内に太鼓があってびっくりします!

高杉晋作が小倉戦争(第二次長州征伐の小倉口の戦い)の際、
長州藩が勝利した際に小倉城から持ち帰ったもの らしいです。
(Google-AI調べ:歴史ブログ 小倉城物語 第25話より参照)
元日から6日の午前9時〜午後5時まで、
この高杉晋作奉納の戦勝大太鼓を打つことができるそうですが、
かなり前の情報なので、今はやっているかどうか。。。
9月の第1土曜日に、太鼓のお祭りがあるみたいですよ。
この太鼓、元々の小倉城では、時を知らせる太鼓として使われていたそうで、
どうにも由緒正しい太鼓なのですが、現地には説明もなく、
境内に上がって、いきなり
「太鼓がある!?」ってなるのが、自分的ツボです。
1回目にきた時も、同じ感じだったはずなのですが、
すっかり当時のことを忘れていた私は、
再び「太鼓がある!?」ってなりまして🤣
。。。ん、既視感😆
ま、とりま本殿にご挨拶です。


穏やかに優しい弁財天様
ご利益がよくわからないのですが、
幟旗には心願成就・病気平癒とあります。
弁財天にしては何やら珍しいご利益。
由来を調べてみると、Wiki にご由来のようなものが乗っておりました。
元々は、安徳天皇の乗っていた船に祀られていた
安芸厳島の神様ということで、
広島の厳島神社のご分霊と思われます。
1つ前にご挨拶した伊崎厳島神社と同じ由来の神様と思われます。
ご祭神は、もちろん宗方三姉妹。
Wikiによると、地元の住民に
「私は厳島神社の姫神です。
あそこの岩の上に打ち上げられてるので、
早く祀ってくださいな!」
という御信託が降り、
不思議に思った住民が岩の上を調べてみると、
何やら御鏡太刀(つまり、鏡とお祭り用の剣)が打ち上げられていたそうです。
で、こりゃたいへん!とばかりに
住民達はこれを奉斎して御神体としてお祭りし、
後に再度、
安芸厳島より、きちんとご分霊を勧請されたそうです。
とはいえ、
こちらは安徳天皇様が乗船されていた旗艦にあたる船に
祀られていた御神霊のようで。
先ほどの伊崎厳島神社は、兵船に祀られていたという説でしたので、
厳島神社に立ち寄られた平家の方々が、
厳島神社さんから勧請した分霊を、
複数の船に祀っていた可能性がありますね。
前の伊崎厳島神社様は、兵士達が磯に隠した、とありましたが、
こちらは沈んだ船のご神体が浜に流れ着いた、とあります。
この辺りも伊崎厳島神社とは若干違います。
なので、ご兄弟のような関係にあるとは思いますが、
それぞれ違う神様だと思われます。
(実際、神様の雰囲気もちょっと違います)
こちらの神様も、あまり喋られませんが、
健康祈願したいなぁ、と口から出た瞬間
『ニヤリ』と笑われたような気が。。。苦笑。。。
まぁ、きちんとご挨拶も終わり、
次なる神社へと向かうのでした。。。