神様と対価と潜在意識
ずいちゃんですw
潜在意識については、
様々な研究もされているし
様々な書籍も出版されているし
心理学でも脳科学でも霊学でも取り扱われているし
なんなら、般若心経なんてダイレクトに潜在意識の話だし
私なんかよりも、専門家もいっぱいいて、
良い書籍もどんどん生み出されてきていますから、
今回は説明を割愛しますね。。。
・・・と、前回のフリからなぜか潜在意識の話になっておりますが(笑)
実は「神様に祈ること」と「潜在意識」というのは
誠に切っても切れない関係にあるのです
潜在意識というのは、神様との連絡通路にあたるのです。
私たちは「神様」とは潜在意識を通して常に連絡しあっています。
これが何を意味するのかと申しますと、
つまりは「潜在意識を通して、私たちは世界に作用を及ぼしている」ということになるのです
何を当たり前の、と言いたくなるかもしれませんが、
それが、明日の天気であったり、今日飲むお茶の種類であったり、
過去の出来事でも未来の出来事でもなんでも、
すべてのものに作用しているということに他ならないのです。
私たちが望めば、それは現実となって表層に現れ、
私たちの目の前にやってきます。
望みは、私たちが考えたり思ったり感じたりすることで、
潜在意識によって蓄積され、
ある瞬間を境に一気に噴き出します。
よく、「私はこんな現実、望んでいない!」とおっしゃる方もいますが、
そんなことはありません。
結局は、望んでいるんです。
「あいつが憎い」といえば、
目の前の相手は憎むべき存在になり、
「あいつが嫌いだ」といえば、
目の前の相手は、あなたにとって嫌なことをする存在になります。
そして神様はそれをつぶさにみて、
伝えられた願いを現実に導くよう、後押ししてくれる存在なのです。
さてさて!
まず私たちが「神様」と思っているのは
(というより、私が「神様」と定義しているのは)
「目に見えないが、確実にそこに存在している意識体」という存在の一部なのです。
「意識体」と申しましたのは、
「自分とは別の意識を持つ」ということで、
明らかに「それは自分とは別のものである」と認識している存在、という意味で言っています。
この「意識体」の中には、様々な種類のものがあるのですが、
今回は「神様」の話なので、もう「神様」で通してしまいますね。
要するに「神様は自分以外の存在」ということになります。
これ、結構重要なんですよ。
さて、潜在意識をしっかり磨き上げて、
自分自身の望みを叶えられる「引き寄せ」に
神様はまだそこまで深くかかわっていません。
では、神様は何を我々にもたらすのか。
神様は「望む対価を与え、加速してくれる」存在なのです。
人間1人の力は、1人月でしかありません。
1か月に1人の人間ができることなんて、たかが知れています。
ですが、時として3倍も4倍も力を発揮する人がいます。
なぜか?
これが、ひとえに「神の力」にほかなりません。
潜在意識に伝達された「望み」は
集合的無意識を通って、神様なる存在に到達します。
到達するために必要なものは「周波数」です。
この「周波数」がピタッと合うと、
合ったところでエネルギーが増幅され、
その増幅が現実に大きく作用して「結果」がもたらされます。
「結果」はプロセスでしかありません。
自分自身の「望み」に至るプロセスとして、
階段を上がるようにやってくるのが「結果」です。
そしてこの「結果」を積み重ねて、
最終的に自分が到達するもの。。。それが「対価」です。
自分というエネルギーを使い、
人は望むモノを手に入れます。
その「望むモノ」というのは、
潜在意識の中に蓄積されたものです。
そして、潜在意識というものは、
「言葉」や「感情」、「体感」などを通して、
私たちの「望むモノ」を蓄積していきます。
不平を言う人は、不平だらけの人生に。
不安が強い人は、不安が強い人生に。
こんなことは、100年以上前の本でも書かれています。
それでも私たちは、
様々な生活の些細なことに心を揺り動かされて、
潜在意識を濁してしまうのです。
そんな時「神様」に祈るとよいのです。
祈りは、心の芥をとりほぐしてくれる作用があります。
一心に祈ること。
それは人の意識を「今」に引き戻し、
様々なネガティブを、いったん、脇にそっと置いてくれます。
つまりね。
いやなものはぜ~んぶ、神様に吐き出して、預けてしまえばいいんですw
そして、本来自分が心底思っている、
純粋な思いを神様にゆだねてしまえばよいのです。
神様は人間と違って意見しません。
ただただ、耳を傾けてくれて、最後には心を洗い注いでくれます。
1回ではむずかしくとも、
毎日毎日、語り掛けることで、仲良くなり、
神様へ声も届きやすくなっていきます。
同時に、神様からの力も、受け取りやすくなっていきます。
そこで、「人を恨む」「人をねたむ」「人の不幸を喜ぶ」ことを祈ると、
「対価」として、それがやって来るだけなのです。
どんなに「浄心」のパワーを与えても、
受け取る相手のセンサーができていなければ「浄心」のパワーは得られません。
心底、相手に対して恨みや妬みを持っていると、
そこの周波数にエネルギーがあってしまい、自分に注ぎ込まれます。
神様は、そんな風にして「対価」をもたらすのです。
ちょっと、論理が飛躍しているところもありますが苦笑
ざっくりとイメージを持っていただけると幸いです
では、今日はこの辺で♪
お付き合い下さりありがとうございましたw